中野駅周辺と中野区内のグルメレポート。居酒屋・ラーメン・カレー・地域情報・・・エトセトラ。
等々力渓谷
2015-09-20 Sun 20:26
「等々力渓谷」のレポート。
等々力渓谷は、桜の名勝として知られ、都内に残る数少ない渓谷。
この渓谷は、大量の湧き水が大地を侵食してできたもの。
武蔵野台地の南端に位置し、長さは約1㎞ある。

等々力渓谷
等々力駅を降りると、駅周辺には、食事処がない雰囲気。
近くには、民家を改装した「中華料理 ざいもく家」があるにはあるが・・・。
別の場所で食事を済ませて正解!

直進し、「成城石井」を曲がると直ぐ。
「等々力渓谷と周辺の案内図」が立っている。

等々力渓谷
ゴルフ橋入り口の階段を下りると、下流に向かい遊歩道が伸びている。

等々力渓谷
谷沢橋に架かる「ゴルフ橋」。
ゴルフ橋は、昭和初期にあったゴルフ場(1939年/昭和14年に閉鎖)に行く人達の為に作られたことから命名された。

等々力渓谷
木々に風がそよぎ、川のせせらぎの音が心を癒してくれる。
都会とは思えない光景。

等々力渓谷
渓谷を流れるのは「谷沢川」。
谷沢川は、世田谷区内の湧水に端を発し、世田谷南西部を流れて多摩川に注ぐ全長約3.8㎞の川。

等々力渓谷
「等々力渓谷第3号横穴古墳」。
矢沢川にかかる橋を渡り、斜面を上がると、古墳時代後期から奈良時代(7世紀後半~8世紀)のものと推定される横穴式古墳がある。

横穴は、「おうけつ」と読む。
奈良時代に造られるようになった有力農民の墓だそうで、完全な形で残っているのは、現在この3号のみ。
1973年(昭和48年)に発見されたもので、奥行きが13mある内部からは土器などの副葬品と共に、3体の人骨が出土している。

等々力渓谷
「等々力稲荷堂・不動の滝」
椎児大師堂を出て橋を渡ると、稲荷堂と不動の滝がある。
等々力の地名の由来は、この不動の滝の落ちる音があたり一帯に轟(とどろ)いていたからだという説もある。

等々力渓谷
「椎児大師堂」。
渓谷の流れに沿って更に歩いていくと、道が二股に分かれている。
その分かれ道を右に行くと、「椎児大師堂」がある。
稚児大師像とは、弘法大師・空海の幼児期の姿。

等々力渓谷
渓谷の終盤に現れる「日本庭園の歌舞伎門」。

入園料無料で公開されている小さな日本庭園。
1973年(昭和48年)に作園されたもので、渓谷の崖地を巧みに利用してつくられている。

等々力渓谷
竹林の中に築かれた石段で上っていく途中、見つけたみかん。

等々力渓谷
さらに上っていくと、芝生の「広場」に出る。
近隣に住む人であろうか、日陰で休んでいる。

等々力渓谷
「野毛大塚古墳」
庭園を出て、住宅街へ。
環状8号線に出て暫く歩いて行くと、間もなく目前に見えてきた「玉川野毛町公園」。
その一角に、「野毛大塚古墳」がある。

帆立貝式の前方後円墳で、5世紀前半につくられたものとされている。
階段で頂上に向かう。
古墳上部には、石棺の配置や出土品などが図説されている。
古墳上部からの見晴らしは最高。

この後、来た道を戻り、「等々力駅」まで歩く。
この時期、蚊が百万石。
虫よけスプレーが必要だった。

等々力渓谷
****************
【住所】世田谷区等々力1-22、2-37~38
【管理】玉川公園管理事務所
【電話】03-3704-4972
【アクセス】東急大井町線 等々力駅 徒歩3分
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新宿区立 中村彝アトリエ記念館
2014-10-17 Fri 20:24
「新宿区立 中村彝アトリエ記念館」のレポート。

中村彝は、大正期に活躍した洋画家。
「エロシェンコ像」、「少女裸像」、「頭蓋骨を持てる自画像」などが代表作。
一時、「新宿中村屋」の相馬愛蔵・黒光夫妻の好意で中村屋裏のアトリエにいた。
1916年(大正5年)、新宿区下落合にアトリエを新築し、そこに住んだ。
以後、彝は1924年(大正13年)、37歳で亡くなるまで、このアトリエでの創作を行う。

2013年(平成25年)3月17日、新宿区下落合に残るアトリエ跡が復元され、「新宿区立中村彝アトリエ記念館」としてオープンした。

新宿区立中村彜アトリエ記念館
このアトリエが「中村彝アトリエ記念館」になるまでには、多くの時間がかかっている。
中村彝が亡くなった後、この家は、画家の鈴木誠氏【1897年(大正8年)-1969年(昭和44年)】が住んでいたため、アトリエはそのまま残っていた。

新宿区立中村彜アトリエ記念館
建てられた当時の景観そのままに復元されている。

新宿区立中村彜アトリエ記念館
展示室では、解説パネルで彝の生涯や画業が紹介されている。

新宿区立中村彜アトリエ記念館
「中村彜のデスマスク(複製)」。

新宿区立中村彜アトリエ記念館
アトリエは、大正5年当時の建築部材を利用して復元されている。
室内には彝の使用したイーゼルや家具・調度品(複製)が展示されている。
北側に、大きな天窓がある。

新宿区立中村彜アトリエ記念館
外から見たところ。

新宿区立中村彜アトリエ記念館
こちらは、南に面した居間。
彝が晩年、療養の日々を送った部屋。
この部屋では、映像で彝の生涯や作品を紹介している。

ヾ(*´∀`*)ノ マタネ!

新宿区立 中村彝アトリエ記念館
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【住所】東京都新宿区下落合3-5-7
【電話】03-5906-5671
【休館日】
*月曜日(ただし、祝日の場合はその翌日)
*年末年始
【開館時間】10 時~16 時30 分(入館は16 時まで)
【アクセス】JR 山手線 目白駅 徒歩10分
【入館料】無料
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新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
2014-10-13 Mon 15:50
「新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館」のレポート。

画家・佐伯祐三のアトリエだった建物を整備して、新宿区が平成22年(2010年)4月28日に開館した。
4月28日は、佐伯の誕生日。

佐伯祐三が米子夫人と結婚し、過ごした家で、1921年(大正11)に完成した。
その後、隣に自分で小部屋を増築した。
そして4年間、この地で過ごした。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
「落合に住んだ文化人」が地図に掲載されている。
文学者は、「壺井栄」、「林 芙美子」、「舟橋聖一」、「武者小路実篤」、「中野重治」、「宮本百合子」、「檀一雄」、他。
芸術家は、「安井曽太郎」、「松本竣介」、「中村彜」、「里見勝蔵」、他。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
「新宿区立佐伯公園」内にある。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
佐伯祐三(1898~1928)とは、大阪出身の洋画家。
手塚治虫と同じ「旧制北野中学(現・府立北野高等学校)」に在学し、「東京美術学校(現・藝大)」を卒業後、渡仏。
ブラマンクに師事、ユトリロの影響も受け、パリの街頭風景を数多く描いた。
パリで、30歳の若さで客死。
正に夭折の画家。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
「新宿区立 佐伯公園」内

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
「記念館の案内図」。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
展示室として公開されているのは、アトリエと小部屋の2箇所。
アトリエは、三角屋根の特徴のある建物。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
アトリエの中は、展示室になっていて、祐三の年譜や作品の写真パネルなどが展示されている。
また、隣接する小部屋の展示室では、画家としても活躍した米子夫人の作品や画業がパネルで紹介されている。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
これは、佐伯祐三旧居のミニチュア模型。
米子夫人が暮らしていた、昭和40年代から昭和50年代の写真をもとに作られたもの。
アトリエの南側に、佐伯一家が住んだ和風の母屋が建っている。
現在はテラスになっている部分。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
建物の北側から見たところ。
採光のためのガラス窓が、壁一面に取り入れられている。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
天井まで続く大きな窓の前には、「下落合風景『テニス』」の複写がイーゼルに乗せて置かれている。
この絵は、「新宿区立落合第一小学校」が所蔵。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
続いて、建物に向かって左のドアから小部屋へと入る。
この部屋は、佐伯が作ったもの。
アトリエを建てた大工さんから贈られたカンナを使って、自ら洋風の小部屋を増築してしまったらしい。
佐伯の自慢は、関東大震災でアトリエには被害があったが、小部屋の壁は落ちなかったということ。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
ミニギャラリーには、「下落合の風景」を描いたパネルが展示してあり、さらに彼の写真や年譜が貼ってある。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
これは、佐伯のライフマスク。
ライフ、すなわち生前にとったもの。
アトリエを建てた時、白い漆喰の壁に使った材料が余ったので、仲間と作ったと言われている。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
「下落合風景」1926年(昭和元)頃の作。
山手線最古のガードのひとつで、明治18年に「品川赤羽鉄道線(山手線)」が開通した時、すでにこの隧道(すいどう)は造られていたらしい。

佐伯祐三が、日本で描いたものは自宅から歩いて20分圏内の風景。
彼が残した「制作メモ」によると、僅かひと月で40点近くの作品を仕上げている。

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
こちらは、現在の様子。
帰りに寄ってみた。

パリで30年という短くも情熱を燃やし続けて生涯を閉じた佐伯祐三。
学生時代、友人から、「ずぼ」ちゃんというあだ名をつけられていたという。
「ずぼちゃん」とは、ずぼらだったから・・・という理由。
これは意外な一面、へぇぇぇ。
ヾ(*´∀`*)ノ マタネ!

新宿区立 佐伯祐三アトリエ記念館
*****************************************
【住所】東京都新宿区中落合2-4-21
【電話】03-5988-0091
【休館日】月曜(休日に当たる時は、その翌日)・年末年始
【開館時間】
*10:00-16:30(5月~9月)
*10:00-16:30(10月~4月)
【アクセス】
*西武新宿線 下落合駅 徒歩10分
*JR山手線 目白駅 徒歩20分

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武者小路実篤記念館@仙川
2013-06-15 Sat 20:55
「武者小路実篤記念館@仙川」のレポート。

武者小路実篤は、水のあるところに住みたいという子供の頃からの願いどおり、1955年(昭和30年)、70歳の時に調布市仙川に居をかまえ、90歳で亡くなるまでの20年間をこの地で、安子夫人と二人の静かな生活を過ごした。

武者小路実篤記念館-花菖蒲
一隅に小さな菖蒲園があり、例年6月上旬が見頃ということで訪問。
「わっ、綺麗」。

武者小路実篤記念館-花菖蒲
武者小路実篤の没後、ハナショウブ200株が植えられたそうだ。

武者小路実篤記念館-花菖蒲
文人が愛した水辺の清楚な彩りを添えている。

武者小路実篤記念館-光藻
こちらは「光藻(ヒカリモ)」で、「光ごけ」とは違うもの。
菖蒲園の片隅にある。
「ヒカリモ」は,6月から8月にかけて見ることができ、暗所で光を反射させることで、黄金色に見えるとのこと。
生息が難しいため非常に珍しく、都内ではここでしか見る事が出来ないそうだ。

武者小路実篤記念館-実篤公園
約5,000平方メートルの園内には、ウメ、コブシ、サクラ、フジ、アジサイ、ツバキなどの花木、ショウブや武蔵野の野草が花咲き、秋には木々が鮮やかに 紅葉して、四季折々の風情を醸し出す。

実篤公園@仙川
最初に見た池には、ニジマス。
こちらの池には、鯉がいた。

実篤公園@仙川
2か所ほどこのようなトンネルがあり、繋がっている。

武者小路実篤記念館@仙川
こちらは、「調布市武者小路実篤記念館」。
今回は展示品の入れ替えの為、見るところが少ないので入場料が半額だった。
パソコンで所蔵品を見て終わり。トホホ。

武者小路実篤記念館@仙川
中庭にある梅の木。
記念館の関係者が、たわわに実った梅の実を棒で落としていた。
梅酒を作るのかな?それとも梅干しかな?
そういえば我が家でも数年前、紀州南高梅で梅酒と梅干を作ったことがあったけ。

調布市武者小路実篤記念館
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
【住所】東京都調布市若葉町1-8-30
【電話】03-3326-0648
【開園時間】9:00-17:00
【最寄駅】京王線 仙川駅・つつじヶ丘駅 徒歩10分
【入場料】実篤公園-無料/武者小路実篤記念館-大人200円、小・中学生100円
【その他】実篤邸内の公開・・・土・日・祝(11:00-15:00)

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実篤公園@仙川・つつじヶ丘|東京の名所|調布市
2013-06-14 Fri 20:31
「実篤公園」のレポート。

花菖蒲を見に行って来た。
6月8日から16日頃までということなので・・・。

「実篤公園」とは、武者小路実篤が晩年の20年を過ごした邸宅の敷地を公園としたもの。
実篤の死後、遺族から寄贈された邸宅が整備され、1978年(昭和53年)に実篤公園として開園した。
公園内には、武者小路実篤記念館があり、旧実篤邸の公開もしている。

実篤公園@仙川
仙川駅に降り立つと、商店街があり賑わいを見せている。
のどかな風景を予想していただけに、ビックリ。

商店街を進むと、桐朋学園がある。
その西側の路地を直進。
途中、ところどころに標識があるので、分かりやすい。

実篤公園@仙川
武者小路実篤とは、小説「友情」などで知られる近・現代文学の代表的な作家。

実篤は子どもの頃から「水のあるところに住みたい」という思いを抱いており、晩年、武蔵野の自然や湧き水が豊かな仙川に居を構えたそうだ。

実篤公園@仙川
園内に入り、坂道を下る。
約5,000㎡(約1500坪)ある園内には、実篤が愛した武蔵野の自然の面影がそのまま残されている。

旧・武者小路実篤邸
武者小路実篤が晩年過ごした旧邸宅。

旧・武者小路実篤邸
実篤は1976年(昭和51年)に90歳でこの世を去るまで、この地で日がな一日小説や絵を書いていた。

旧・武者小路実篤邸
邸内は、撮影禁止なので、外から撮影する。
応接室と縁側。

旧・武者小路実篤邸
緑に囲まれた素敵な佇まい。

実篤公園
武蔵野の自然が残る園内には、清水が湧き、花々が季節を彩り、野鳥が訪れる。
池の中には、ニジマスが泳いでいる。

実篤公園
武者小路実篤の像。

実篤公園
庭園の奥に、花菖蒲が群生している。
2、3日前だったらもっと良かったかな?


実篤公園
「「「「「「「「「「「「
【住所】東京都調布市若葉町1-8-30
【電話】03-3326-0648
【開園時間】9:00-17:00
【最寄駅】京王線 仙川駅・つつじヶ丘駅 徒歩10分
【その他】実篤邸内の公開・・・土・日・祝(11:00-15:00)

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